大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和24年(ヨ)1号 判決

申請人

全日本金属労働組合千葉支部

加藤製作所千葉工場分会

右代表者

常任委員長

被申請人

株式会社 加藤製作所

主文

被申請人は申請人組合員の解雇、人事移動については申請人組合の同意を得なければならない。但しその期間は昭和二十四年十一月十二日までとする。

申請人のその余の申請は却下する。

訴訟費用は全部被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、申請人、被申請人間に於て昭和二十一年十一月十二日締結せられた労働協約の効力確認等請求訴訟の本案判決確定に至る迄申請人、被申請人間の右労働協約(その内容別紙の通り)は効力を有することを確認するとの判決を求める。

事実

(一)  被申請人は肩書地に本店を有し、千葉市作草部町八百六十四番地に千葉工場を、同市寒川町二丁目六十一番地に寒川工場を東京都品川区大井鮫洲町二百三十三番地に大井工場を有し、農業用トラツクター、発動機等の製作等を業とする株式会社で申請人は右千葉工場の従業員を以て組織する労働組合であり、昭和二十一年十月二十六日全日本機器労働組合加藤製作所千葉工場分会として組織され同二十三年十月十四日全日本金属労働組合加藤製作所千葉工場分会と名称を変更したものである。

(二)  申請人は昭和二十一年十一月十二日右全日本機器労働組合並に之に申請人同様加入している前記寒川、大井工場各分会と共に被申請人との間に別紙労働協約を締結したが、右協約の有効期限は協約締結の日より一ケ年とし期限満了前一ケ月以前に当事者の何れか一方より改訂若くは廃棄の通告をしない限り更に一ケ年延長する。改廃に際し和協不調の際は新協約妥結迄その協約を有効とする旨定められた。

(三)  而して被申請人からは右条項による有効な改訂若くは廃棄の申入がないから昭和二十二年、同二十三年の各十一月十二日に更新されているので昭和二十四年十一月十二日まで本協約は有効である。

然るに、被申請人は昭和二十三年十月二十一日労働協約は既に失効したりとし、爾後申請人との団体交渉を拒否し、数々の協約違反の行為をなしている。之が為止むなく申請人は労働協約有効確認等に付本案訴訟を提起せんと準備中であるが、本案判決確定迄現状で進むときは生ずることあるべき著しい損害を避くるため本申請に及んだ。

と述べ、被申請人の主張に対し

(イ)  被申請人から申請人に対し、昭和二十二年十月十日本件労働協約改訂の申入があつたが、

(1)  被申請人は右申入をなした侭一年有余も何等改訂案の提示もなさず、然もその後何等理由なく申入を撤回している(後述)ところを見ると右申入は真実改訂の意思を伴わない心裡留保の意思表示で無効であり。

(2)  仮に有効としても被申請人は本件協約を合同して締結した寒川、大井両分会に対しては昭和二十三年十一月一日右改訂の申入を撤回したから協約上一箇不可分の関係にある申請人にも右撤回の効力が及び結局右改訂申入はなかつたことに帰する。

(ロ)  仮りに右(1)、(2)の主張が理由ないものとするも協約条項により改訂申入後と雖も新協約成立する迄との不確定期限附で本協約の効力は延長せられていることは明かであり然も被申請人は自ら改訂の申入をしながら改訂案の提示もせず改訂の努力をしないで不確定期限不到来の確定を主張することは信義上許されない。

(ハ)  被申請人から申請人に対し昭和二十四年六月十一日協約不存続の意思表示があつたことは認めるが協約に規定した不確定期限が到来する迄は仮令当事者の意思に反しても協約は有効に存続することを主張する。

(ニ)  本件労働協約は改正労組法第七条に違反していない。

と述べた。(疎明省略)

被申請代理人は「本件申請を却下する。」との判決を求め

答弁として、申請人主張事実中一、二の事実は認める。然し右協約は下記の理由で失効している。

即ち

(イ)  被申請人は申請人に対し、昭和二十二年十月十日本件協約改訂の意思表示をなし、即日到達したので本件協約は一応昭和二十二年十一月十一日を以て期限満了し、唯右協約第四項(2)(ロ)に従い本件協約は新協約妥結の日までと云う不確定期限附を以て自動的に効力を延長されたに過ぎない。而して昭和二十三年十月十七日当時の組合員総数一八一名中一一四名の大多数が右組合を脱退するに至つたから、少数組合員を擁するに過ぎない申請人組合を相手としては到底新協約を妥結することは不可能の事態となり不確定期限が到来したので、被申請人は昭和二十三年十一月二十一日を以て本件協約の失効を申請人に宣言した。

(ロ)  前述の如く本件労働協約の期限は昭和二十二年十一月十一日に到来したのであるから、被申請人は申請人に対し昭和二十四年六月十一日改正労働組合法第十五条第二項本文の規定に則り本協約存続の意思なきことを通告し、右通告は即日申請人に到達したので、本件協約は同日失効したものである。

(ハ)  右協約中の左に掲ぐる部分は改正労働組合法上許されない所であるから右部分を含む本件協約は無効である。即ち

(1) 同協約第一項は申請人組合を千葉工場に於ける唯一の労働組合と認め、その団体交渉権を確認し、爾後一切の交渉は申請人組合を通じて行い他の如何なる組合をも認めないことを被申請人の義務としているが、被申請人会社千葉工場には千葉県地方労働委員会がその適格を認定した第二組合が存しその組合員は千葉工場全従業員の三分の二以上を占めている。この組合との団体交渉を拒否することは改正労働組合法第七条第二号に違反し、被申請人は不当労働行為を敢てすることになる。

(2) 又本件協約第二項(1)(ロ)(ハ)(ニ)は千葉工場従業員の雇入解雇人事異動は申請人組合の同意を要し、同組合より除名されたものは直ちに解雇するを要し、申請人組合と被申請人との間に争議が発生したときは第三者との労務契約締結を禁ずるものとするが、これは前記法第七条第一号本文に違反し前述の如く組合員が全従業員の三分の一にも達しない申請人組合との間にかかる協約を存続させることは同号但書に違反する。

(3) 更に本協約第二項(ヘ)は組合員の組合活動の自由を無条件に認め且就業時間たると否との区別を設けず無制限に組合事務に携わることを承認することを被申請人の義務としているが、之亦前記法第七条第三号に牴触する。

叙上就れの点よりするも申請人の主張はその理由がないから失当として却下せらるべきものである。

と述べ、申請人の抗弁中改訂案の提示しなかつたことを認めその余を否認した。(疎明省略)

理由

申請人主張の一、二の事実並に昭和二十二年十月十日被申請人から申請人に対し本件労働協約改訂の申入をなしたることは当事者間に争いがない。

申請人は右申入は心裡留保であつて無効であると主張するが、意思表示の相手方が真意でないことを理由として意思表示の無効を主張することは許されないからこの主張は理由がない。

申請人は被申請人が大井、寒川各分会に対し改訂申入を撤回しておりその効力は申請人分会にも及ぶと主張しているが、成立に争いがない甲第一、七号証によると申請人を含む三分会は同時に被申請人と協約を締結しているが、これは同時であつても各別個になされたものと見られ証人伊藤源衛、同井上久男の証言とその余の疎明とによつても申請人の主張は疎明せられないから、他の二分会に対する申入の撤回が申請人分会に対しても効力あるものとは解し難い。

そうすると被申請人は昭和二十二年十月十日協約の改訂の申入をなしたため協約に定めるところにより協約に定めた期限は昭和二十二年十一月十二日到来したのであり、本協約は同月以後自動的に延長され、旧労組法第二十条により協約成立の昭和二十一年十一月十二日より満三年の昭和二十四年十一月十二日まで自動延長による不確定期限は一応続くものであるが、昭和二十四年六月十一日被申請人が協約を存続せしむる意思なき旨申請人に通告した(この点は当事者間に争いない)から、本件労働協約は改正労組法第十五条第二項本文により同日終了したものである。

尤も既得権については新法を以てしても廃止し得ないことは自明であるから、本協約中申請人の既得権と見らるべきものがあるかどうか検討して見ると、協約二、(1)(ロ)に申請人組合加入従業員の解雇人事異動は申請人組合の承認を得るを要する旨の定めがある、これは申請人組合の既得権であり、この権利については被申請人の協約破毀通知もこれを如何ともしがたい。尤もこの権利も昭和二十四年十一月十二日迄のことであることは前段に説明した通りである。また協約のこの部分の存続は勿論改正労組法第七条第一号に違反するものではない。

仍て爾余の争点につき判断するまでもなく申請人の仮処分は右の範囲では許されるがその余は理由がない。

仍て訴訟費用について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し主文の如く判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例